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CRISPR特許戦争、日本上陸:遺伝子編集の未来をかけた高額な戦い

  • 執筆者の写真: York Faulkner
    York Faulkner
  • 7月18日
  • 読了時間: 32分

更新日:7月18日

「話は日本に移る。日本の特許法には独特な特徴があり、この特定の戦いがちょうど重要な節目に達したところである。」

 

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ノーベル賞が戦争の火蓋を切った

 

2020年10月、ジェニファー・ダウドナは、まさに青天の霹靂ともいえる午前2時53分の電話を受けた。Nature誌の記者からのその電話は、彼女の人生を永遠に変えることになる。彼女は同僚のエマニュエル・シャルパンティエと共に、CRISPR(21世紀で最も重要な生物学的ブレークスルーとされる革命的な遺伝子編集技術)の発明で、ノーベル化学賞を受賞したことを知らされた。(参照 UC Berkeley News (Oct. 7, 2020) (https://www.youtube.com/watch?v=RbNI_V0P574&t=140s)。

 

しかし、一年後のストックホルムでの祝賀は、世界各地の法廷で展開されている出来事によって影を落とされていた。ダウドナとシャルパンティエがストックホルムで祝っている間、世界中の弁護士たちは、この世界を変える発明の所有権をめぐり、数十億ドル規模の戦いに巻き込まれていた。

 

そして、2025年6月26日、日本の控訴審裁判所が、世界のCRISPR特許情勢を再形成しかねない決定を下した。ToolGen Inc. v. The Regents of the University of California et al.、事件番号令和5年(行ケ)第10147号(知的財産高等裁判所、2025年6月26日)(以下「本決定」)において、日本の知的財産高等裁判所は注目の特許紛争でカリフォルニア大学(以下「UC」)に軍配を上げた。賭けられているものは、きわめて大きい。遺伝性疾患を治療し、干ばつ耐性作物を生み出し、さらには出生前に遺伝的疾患を取り除く可能性さえある、この革新技術の支配権が問われているのだ。

 

あなたはこう疑問に思うかもしれない:

 

「すでにノーベル賞を受賞した技術について、誰が発明したのかで争いになるなんて、本当にありうるのか?」

 

この問いに対する答えは、最先端の科学的ブレークスルーと、それを誰が「所有する」のかという、特許法の複雑かつ時に容赦のないメカニズムの交差点にある。そして、東京で下された一見技術的な法的判断が、将来、遺伝子治療の恩恵を受けるかもしれない私たちすべてにとって、なぜ重大な意味を持つのかを教えてくれる。

 

細菌のボディーガードから遺伝子革命へ

 

この法的戦いを理解するには、自然界で最も古く、最もエレガントな防御システムの一つに立ち返る必要がある。あなた自身が細菌であり、あなたの細胞機構を乗っ取ろうとするウイルスで満ちた世界に暮らしていると想像してみよう。ウイルスは、あなたを「ウイルス工場」に変えるために、自らのDNAを注入してくる。攻撃を生き延びたあなたには、過去の侵入を記憶し、次に現れた場合に撃退する術が必要になる。そうして初めて、自分自身と、未来の世代の細菌たちを守ることができる。それこそが、まさにCRISPRの働きだ。――記憶を持つ「免疫システム」にほかならない。

 

自然界で、このシステムがどう機能するのか、説明しよう。

 

ウイルスが細菌を攻撃すると、細菌細胞は侵入者のDNAの分子的な「マグショット」(顔写真)を撮影し、それをCRISPR(「Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(クラスター化された規則的間隔短鎖回文反復)」の略称――つまり自然界がこれらのマグショットを整理するための仕組み)と呼ばれる特別な遺伝的ファイリングキャビネットに格納する。同じウイルスが再び現れると、細菌はそのマグショットを引き出し、「ガイドRNA」と呼ばれるコピーを作成する。そして、それを「Cas9」と呼ばれる分子的ハサミ(タンパク質)と組み合わせて送り出す。ガイドRNAが標的のウイルスDNAを見つけ出すと、Cas9がそれを切断し、侵入を阻止するのだ。

 

それは、建物に入れたくない人物のマグショット(ガイドRNA)を持った警備員(Cas9)がいるようなものだ。その警備員は、マグショットと一致する人物を見つけるまで建物を巡回しーーパチンーー脅威を排除する。

 

ダウドナのチームがブレークスルーを起こしたのはここだ:

 

彼らは、新しい「マグショット」――すなわち新しいガイドRNA――を設計することで、Cas9に任意のDNA配列を切断させることができると気づいたのだ。

 

するとどうだろう?

 

この細菌の防御システムは、突如としてプログラム可能な遺伝子編集ツールへと変貌を遂げた。もはや単にウイルスと戦うだけの仕組みではない。科学者たちは今や、この仕組みを使って、古いSF映画を昨日のニュースのように感じさせるようなことさえ実現できるようになった。

 

数十億ドルの疑問:細菌 vs その他すべて

 

さて、ここからが特許の戦いの本番だ。


そして、なぜ日本の裁判所の判断がこれほどまでに重要なのかが、はっきり見えてくる。CRISPRを細菌(「原核生物」と呼ばれる)で動かすのと、植物、動物、そして人間といった「真核生物」で動かすのとでは、決定的な違いがある。

 

では、なぜこの違いがこれほど重要なのか?たとえば、あなたが単純なゴーカートで完璧に動作する革命的な新型エンジンの特許を取ったとしよう。そこへ誰かがこう尋ねる。「その特許は、フォーミュラ1のマシンでそのエンジンが動くことまでカバーしていますか?」たしかに、基本原理は同じかもしれない。だが、フォーミュラ1のマシンには、ゴーカートにはない洗練されたコンピュータシステム、複雑な空力設計、そして高度な安全装置がある。そうした複雑な環境でこのエンジンを動かすには、まったく別の問題をいくつも解決しなければならないかもしれない。

 

これこそ、まさにCRISPRの状況そのものだ。細菌細胞は構造が比較的単純で、生物学的ゴーカートとでも呼ぶべき存在だ。しかし真核細胞(酵母からセコイア、人間までを含む)は、桁違いに複雑だ。DNAがタンパク質と共にパッケージされた核、精緻な細胞機構、複数のコンパートメント。これらはすべて、真核細胞が持ち、細菌には存在しないものだ。

 

つまり、CRISPR特許戦争は「ゲノムのパイ」をめぐる争奪戦なのだ。そのパイは、原核生物と真核生物、両方のゲノムでできている。そしてここに、皮肉な現実がある。プログラム可能な遺伝子編集ツールを生み出し、ノーベル賞まで受賞したジェニファー・ダウドナと彼女の同僚たちが、今や世界中の特許戦争に巻き込まれ、「ゲノムのパイ」の中で最も価値ある部分――すなわち真核生物のDNAにおけるCRISPRの特許権――を失うかもしれないという現実に直面しているのだ。したがって問題は、単に誰がCRISPRを発明したかではない。誰が、数十億ドル規模の市場から最も大きく、最も価値あるスライスを手にするのか。そして、元の発明者たちが最も小さなスライスしか得られないかもしれないという、にわかには信じがたい現実だ。

 

数十億ドルの特許権を左右する核心は、まさにここにあるーーUCとその共同発明者たちが2012年5月に最初のCRISPR特許を出願した時点で、彼らはこの改良型の細菌システムを、真核細胞という複雑な内部環境で実際に機能させる方法を、適切に記述していたのか?それとも、今日私たちが知る「万能の遺伝子編集ツール」へと進化するには、なお数年にわたる追実験と改良を要するーーそんな「素晴らしいアイデア」を提示したにすぎなかったのか?

 

決して終わらない徒競走

 

CRISPR特許をめぐる物語は、思わぬ展開が次々に訪れる科学スリラーのようでもあり、徒競走を賭けた長距離レースを思わせる。

 

一方のレーンには、2012年5月25日に最初の特許出願を行った、ジェニファー・ダウドナとエマニュエル・シャルパンティエ率いるカリフォルニア大学(UC)チーム。もう一方には、「CRISPRを真核細胞で初めて動作させたのは自分たちだ」と主張し、UCより後に特許を出願したブロード研究所(MITとハーバードの共同研究機関)のフェン・ジャン博士のチームがいた。

 

だがこれは単なる一対一の競争ではなかった。

 

世界中の研究機関が、それぞれに微妙に異なる請求項とタイミングで特許を出願しながら、同じ栄光を目指していたのだ。単独で走るチームもあれば、手を取り合うチームもある。気づけば、それは一つのゴールを目指して、同じトラックの無数のレーンを各チームが同時に走り抜けるグローバルなリレーレースの様相を呈していた。そしてCRISPR技術に関する新たなブレークスルーが積み重なるたびに、ゴールラインそのものが少しずつ先へと移動していった。

 

レースのスタートブロックに話を戻そう。

 

UCの戦略は、大胆そのものだった。自分たちの初期の成果が、あらゆるタイプの細胞においてCRISPRを活用するための礎になったと主張したのだ。彼らの特許出願は、CRISPR-Cas9の基本的な構成を記載し、ガイドRNAを変更することで任意のDNA配列を標的にできるという、きわめて重要な洞察を含んでいた。

 

だが、彼らを今なお悩ませ続ける根本的な問題があった。

 

たしかに、彼らはそのプログラム可能なCRISPR-Cas9システムがin vitro(試験管内)および細菌細胞で機能することは実証していた。しかしーーここが重要なポイントだがーー真核細胞でそれが動作することを示す実例は、何一つ含まれていなかったのだ。

 

もちろん、特許文書には「従来の手法を用いれば真核細胞にも応用できる」と記述されていた。だが、それを現実に実行した具体的な証拠は提示されなかった。

 

この本質的な問いーーUCの特許出願は真核生物への応用を十分に記述していたのか——は、世界中で激しく争われてきた。裁判所や特許庁は、それぞれに大きく異なる結論に達している。

 

一部の国ではUCの主張が認められたが、他の国々ではその優先権が否定され、真核細胞に関する応用については、ブロード研究所などの競合他社に別個の特許が与えられた。その結果、同一の科学的ブレークスルーが、どの国の法律が適用されるかによって全く異なる扱いを受けるという、断片化された国際的な特許ランドスケープが形成された。

 

そして、これこそが東京で繰り広げられる、注目すべき法廷戦の舞台なのである。

 

日本特許戦場への参入

 

舞台は日本へと移る。

 

日本の特許法には独自の制度があり、この争いも現在、ちょうど重要な局面を迎えている。この特許紛争が日本の裁判所で争われていることには、ある種の歴史的な皮肉がある。というのも、CRISPRは実のところ、1980年代に日本で初めて発見されたからだ。発見者は大阪大学の石野良純教授。細菌の研究中に、奇妙な反復配列を含むDNA構造に偶然遭遇した。当時の彼は、それがやがて人類史上最も強力な遺伝子編集技術の基盤になるとは夢にも思っていなかった。そして今、数十年の時を経て、日本の裁判所がその原初の発見から生まれた革命的な技術の特許権を誰が保有すべきかという、重要な判断に関与している。

 

日本でこのような争いが可能なのは、日本の特許制度が第三者にも特許の有効性を問う機会を与えているからだ。日本では特許が付与された後でも、誰でも日本特許庁(JPO)に対し、「特許無効審判」と呼ばれる制度を利用して異議を申し立てることができる。これは、そもそもその特許が付与に値するものであったかどうかを、あらためて審査・判断するために設けられた、正式な法的手続きである。

 

まさにその制度が、UCのCRISPR特許に対して発動された。韓国の競合企業であるToolGenが、JPOに対して無効審判を申し立て、UC特許の根本的な弱点を突いた。すなわち、UCの元の出願には、CRISPRが真核生物で機能する方法が適切に記載されておらず、その発明は原核生物での利用に限定されるべきだ、という主張だった。JPOはToolGenの提示した証拠を精査した結果、UC側の主張に軍配を上げ、UCの特許は全範囲において有効であると結論づけた。しかしToolGenは引き下がらず、この判断を不服として日本の知的財産高等裁判所に控訴した。

 

この日本での争いが特に注目される理由は、日本が世界有数のバイオテクノロジー市場であるという点にある。日本の製薬企業は、CRISPRベースの治療法開発において中心的な役割を果たしており、日本国内での特許の有効性は、数億ドル規模のライセンス契約に直結しかねない。さらに、これまで見てきたとおり、同じ発明であっても国によって判断が分かれ、ある国では特許権が認められても、他の国では否定されるという事態が起きている。このように、各国の判断の違いが、CRISPR技術をめぐる特許の国際的なパズルを一層複雑にしている。

 

法的戦いの技術的中核

 

さて、いよいよ物語の核心に迫る。

 

最先端の分子生物学と、複雑かつ時に混乱を招く特許法の世界が交差する地点だ。

 

法的な問い自体はシンプルに見えるーーUCの最初の特許出願は、熟練の科学者が真核細胞でCRISPRを使えるだけの十分な詳細を提供していたか?だが、この問いに答えるためには、裁判所が細胞生物学という専門技術の領域へと深く分け入る必要があった。

 

まず裁判所は、「当業者」ーーつまり特許業界で「POSA(Person of Ordinary Skill in the Art)」と呼ばれる存在ーーが誰にあたるのかを定義しなければならなかった。これは単なる専門的な言葉の定義ではない。誰を当業者と見なすかによって、特許の有効性が左右されるからだ。たとえば、あなたが誰かにケーキの作り方を教えるところを想像してみよう。どれだけ細かく説明するかは、相手のスキル次第でまったく異なる。相手がプロのパティシエなら、「単なるスポンジケーキを焼いて」と言うだけで十分だろう。だが、まったくの初心者であれば、卵の割り方から、「泡を潰さないようにさっくり混ぜる」という指示の意味まで、すべて丁寧に説明しなければならない。

 

この件に関して、ToolGenは関連する当業者は一般的な分子生物学者、あるいは場合によっては大学院生程度でもよいと主張した。つまり、CRISPR以前の遺伝子編集ツールに触れたことはあるが、遺伝子編集の専門家というわけではない人々だ。彼らは、手順書があれば料理はできるが、レシピの中で省略された重要な工程があると途端に困ってしまう、腕のいい家庭料理人のような存在だと考えてもよい。一方UCは、当該当業者は、プロのパティシエのように、遺伝子編集システムに精通した科学者であるべきだと主張した。

 

この区別はきわめて重要だった。

 

というのも、日本の特許法では、「技術常識」と見なされる事項については、発明の記載から省略してもよいとされているからだ。つまり、特許出願において、すでに業界で広く知られている内容をいちいち説明する必要はない。なぜなら、日本の特許制度は、当業者ーーつまり我々の例でいうところの経験豊富な料理長ーーがその分野の常識をすでに身につけていると推定しているからである。

 

欠けているパズルピースーー常識か重要な要素か

 

その後、ToolGenは、UCの特許が示唆するよりも、原核生物から真核生物への応用にはるかに大きな困難が伴うと主張し、いくつかの具体的な技術的ハードルを指摘した。

 

これらは単なる些細な詳細ではなかったーー当業者が真核細胞でCRISPR-Cas9システムを成功させる上で、成功と失敗を分ける決定的な挑戦であるとされた。

 

第一に、「PAM」配列の問題があった。自然界において、Cas9は任意の場所でDNAを切断できるわけではなく、標的のすぐ隣にある「PAM(プロトスペーサー隣接モチーフ)」と呼ばれる特定の分子配列、いわば「分子着陸パッド」を必要とする。これは、Cas9に「ここで切断してよい」と指示を出す分子的な郵便番号のような役割を果たす。

 

さらにPAM配列は、ウイルス侵入時に細菌が「自己」と「非自己」のDNAを見分けるという、生物学的に極めて重要な機能も担っている。細菌自身のDNAには通常PAM配列が存在しないため、Cas9が自己のDNAを誤って切断することはない。しかしウイルスはPAM配列を持つため、Cas9の「分子のハサミ」の標的となる。PAM配列がなければ切断は起こらないーーこれは、誤って味方を攻撃しないための自然界の「同士討ちを避ける」安全装置とも言える。

 

当時、科学者たちは細菌系におけるこの「自己/非自己」の識別メカニズムを理解していたが、ToolGenは、同じPAM要件が真核細胞内でも同様に機能するのか、また研究者がどのPAM配列を選択すべきか明確ではなかったと主張した。

 

次に、「核局在化シグナル(NLS)」の問題があった。細菌細胞は構造が単純で、DNAは細胞質に浮かんでいる。しかし真核細胞では、DNAは「核」という厳重に管理された要塞のような構造の中に隔離されている。Cas9やその他のタンパク質をその内部に送り届けるには、「NLS(核局在化シグナル)」と呼ばれる特別な「パスポート」配列が必要とされる。それがなければ、Cas9は、住所を知っていてもゲートの暗証番号が分からず、門の外に取り残された宅配便の配達員のような状態に陥る。

 

第三に、「コドン最適化」の問題、つまり遺伝情報の「翻訳」に関する問題があった。

 

すべてのDNAは、タンパク質を合成するための共通のコードを用いているが、細胞の種類によって好まれるコドン(暗号化パターン)は異なる。これは、同じ言語でも地域ごとに異なる方言があるようなものだ。Cas9タンパク質は、細菌という「方言」に最適化されているため、真核生物の細胞内で効率よく機能させるには、そのコドン配列を真核生物に合わせて「翻訳」する必要があるかもしれない。

 

ToolGenの主張の核心はこうだったーー「たしかに、UCはCRISPRシステムが細菌で機能するよう設計できることを示し、その動作原理も説明した。だが、真核細胞に応用するためには、特許で一切言及されていないこれらの追加的課題すべてを解決する必要がある。」

 

さらにToolGenは、仮に当業者がこうした重大なハードルに直面したとすれば、真核細胞で発明を再現しようとする試みそのものを断念したであろうと主張した。日本の特許法では、この種の困難は「障壁(barrier)」とみなされ、もしその障壁が大きすぎると判断されれば、特許の無効理由となる。

 

また、仮に当業者が試みを続けたとしても、それを成功させるには過度な試行錯誤や実験が必要だったであろうとToolGenは指摘した。これもまた日本の特許法の下では、過度の実験が必要とされる場合、発明の実施可能性に疑義があるとして、特許無効の根拠となり得る。

 

法廷分子探偵作業

 

ここで日本の裁判官たちは、科学者であり、法学者であり、そして少しばかりの占い師でもある必要があった。彼らは思考を2012年5月に戻し、「当業者は、当時のUCの特許出願から何を合理的に理解できたと考えるべきか?」という問いに向き合わなければならなかった。

 

ToolGenは、科学的な不確実性と技術的障害の数々を描き出そうとした。彼らは、UCの発明者たち自身が交わしていたメールの内容を証拠として提示し、まさにCRISPR-Cas9のプログラム可能なシステムを発明した本人たちでさえ、特許を出願した後も真核細胞での実装に苦慮していたことを明らかにした。

 

それらのメールを指摘しながら、ToolGenはこう主張した。「発明者自身が当初は理解できなかったのなら、その特許が当業者に正しく教えたとは言えないのではないでしょうか?」

 

ToolGenはさらに、2012年にUCが人間を含む真核細胞でCRISPRを機能させようと試みた一連の失敗実験に焦点を当てた。ガイドRNAはRNA分解酵素によって破壊されていた。Cas9タンパク質は細胞核へと十分に到達できていなかった。そして真核細胞の複雑な内部環境が、予期しない形でシステムの挙動に干渉しているようだった。

 

それは、静まり返った手術室のような条件で行うべき繊細な手技を、雑踏で騒がしい駅構内で再現しようとするようなものだった。

 

「これらは単なる小さな調整の問題ではありません」とToolGenは結論づけた。「これらの障害は、合理的な科学者が真核細胞でCRISPRを用いること自体を思いとどまらせるか、仮に挑戦したとしても、克服するには膨大な試行錯誤と実験を要する、本質的で重大な障壁だったのです。」

 

UCの反撃:「ツールはすでにそこにあった」

 

しかし、UC側には強力な反論があった。その本質はこうだーー「必要なパズルのピースはすでにテーブルの上に揃っていた。有能な分子生物学者であれば、それらを組み合わせることは十分に可能だったはずだ。」

 

UCは、2012年5月より前に発表された科学文献を示し、PAM配列、核局在化シグナル(NLS)、コドン最適化といった知識がすでに分子生物学の分野で確立されていたと主張した。これらは特別な知見ではなく、当業者なら誰もが手にしている基本的なツールだった、というのである。

 

ここでもう一度料理の例えに戻ろう。UCの弁護士は、こう言っているに等しいーー「私たちはレシピの核となる部分を提供し、化学的な原理もきちんと説明しました。あとは、たとえばオーブンの種類に応じて焼き時間を調整したり、アレルギーのある人向けに材料を置き換えたりするのは、有能なシェフであれば当然の対応です。そこまで逐一説明する必要はなかったのです。」

 

さらに決定的だったのは、UCが2012年6月にScience誌で研究成果を発表した直後に起こった出来事である。この論文の発表は、分野に激震をもたらした。Cas9のガイドRNAを、標的DNAに対応した配列に置き換えるだけで「プログラム」できるという仕組みが、遺伝子編集を一変させるツールとしての可能性を一瞬で示したのだ。従来のツールが準備に数か月を要する中で、この新しいシステムはわずか数時間で編集対象に合わせて調整可能だった。

 

実際に、UCはScience誌での論文発表後のわずか6か月間に、世界中の独立した研究チームがCRISPRを原核細胞のみならず真核細胞へも応用することに成功したという証拠を提供した。なかには、人間の細胞という「大本命」の応用にまで到達した例もあった。

 

UCはこれを決定的な証拠と位置づけた。「もし、本当にそれほど困難で予測不能なものであったなら、なぜ世界中の複数の研究室が、あれほど短期間で成功できたのか?」と。さらに彼らは、これらの研究チームが既存の、よく知られた技術を用いて、プログラム済みのCRISPR-Cas9構築体を真核細胞に導入したことを裏付ける証拠も提出した。何か特別な方法や新たな工夫が必要だったわけではない。UCの言い分はこうだーー「複数のグループが、手元にある既存技術だけを使ってほぼ同時期に成功したという事実は、ToolGenが言うような技術的な障壁が、実際には乗り越えられないほど大きなものではなかったことを示しているのです。」

 

裁判所の判決:詳細な法的・技術的分析

 

日本の知的財産高等裁判所の判決は、UCによる2012年5月の特許出願が、その優先権主張を裏付けるのに十分な技術的詳細を備えていたかという、特許法上の根本的な問題に対し、パリ条約および日本特許法第29条を根拠に判断を下した。焦点となったのは、単にCRISPRが真核細胞で機能するかどうかではなく、UCの元の出願が、当業者にとって過度の試行錯誤なしに発明を実施できるよう、適切に開示されていたかどうかであった。

 

優先権パズルの理解

 

特許における優先権とは、発明に対する「早い者勝ち」のような仕組みだと考えていただきたい。ただし、何をもって「先」と見なされるかには厳格なルールがある。この裁判所の分析を理解するためには、UCの特許が、数か月にわたり順次提出された3つの関連出願に基づいていることを知っておく必要がある。

 

最初の出願(「第1出願」)は2012年5月25日に提出され、基本的なCRISPRシステムを記載していたが、細菌およびin vitro実験の例しか含まれていなかった。続く第2出願ではさらなる詳細が追加されたものの、真核生物での使用例は示されなかった。そして2013年1月28日に提出された第3出願において、ようやく真核細胞での実施例が明示された。ただし、その時点では、ブロード研究所などの競合他社がすでに、真核生物での使用を含む自身の出願を提出していた。

 

この法的パズルの核心はこうだ:もしUCが真核細胞での使用例を含む第3出願にしか優先権を主張できないとすれば、2012年5月から2013年1月の間に出願した競合他社の方が、より早く真核生物での発明を出願したことになり、優先される可能性がある。一方で、もしUCが最初の第1出願(2012年5月)までさかのぼって優先権を認められるなら、後発の競合すべてを出し抜くことになる。つまりこの事件全体は、UCがまだ真核生物での使用を実証していなかった2012年5月の出願が、果たしてその使用を裏付けるのに十分な内容を備えていたかどうかにかかっていた。

 

本質的には、裁判所は次の問いに答える必要があったーーUCの2012年5月の出願は、真核生物での遺伝子編集に向けた法的に十分な「青写真」を提示していたのか?それとも、なお大幅な追加開発を要する有望な概念実証(proof of concept)にすぎなかったのか?

 

法的枠組み:国際優先権規則

 

裁判所は国際特許法の枠組みに基づき分析を行い、その基礎としてパリ条約第4条を適用した。特に第4条A(1)において、加盟国で適法に特許出願を行った者には優先権が認められることを明示的に確認している。さらに重要なのは、裁判所が第4条Hを引用した点である。そこでは、「優先権は、発明の構成部分で当該優先権の主張に係るものが最初の出願において請求の範囲内のものとして記載されていないことを理由としては、否認することができない。ただし、最初の出願に係る出願書類の全体により当該構成部分が明らかにされている場合に限る。」と規定されている(決定14頁)。

 

裁判所が適用した法的テストは、概念としては明確であるが、その適用には高度な専門的判断が求められる複雑なものであった。裁判所はまず、優先権の基準を次のように明確に定式化した。すなわち、UCが2012年5月25日を優先日として維持するには、「当業者が第1出願書類の全体の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤等を要さずに本件発明を実施することができた」ことが必要となる(同15頁)。

 

逆に言えば、仮に第1出願の開示内容と優先日当時の技術常識を組み合わせても、当業者がその発明を再現できなかった場合には、「本件発明は、第1出願書類の全体に記載されていた事項であるとは認められず、パリ条約による優先権の主張の効果は認められない」とされる(同頁)。

 

ToolGenの当業者基準を認めても、UCのために裁定

 

一見するとToolGenが勝利を収めたかのような展開だった。裁判所は、遺伝子編集の専門家を当業者とするUCの主張を退け、ToolGenのより制限的な当業者定義を採用したのだ。すなわち、適切な当業者とは、第1出願当時に遺伝子編集ツールを使用していた「分子生物学分野の一般的研究者や学生等」であると認定された(同38頁)。

 

この判断は、特許発明の実施可能性を左右する「技術常識」の中身が、その分野の高度な専門家の知識ではなく、より一般的な従事者の平均的な知識と経験に基づいて評価されることを意味する。そのため、これはToolGenにとっては重要な手続き的勝利となるはずだった。

 

しかし、裁判所の結論は意外なものであった。たとえこのより平凡な当業者像を採用したとしても、ToolGenが「欠落している」と主張した技術的知識や要素は、すでに2012年5月の時点で一般的な研究者にもアクセス可能であり、当業者の技術常識や周知技術の範囲に含まれていたと裁判所は判断したのである。

 

たとえば裁判所は、PAM配列に関する知見について、「原告の主張するような者を当業者と解したとしても、本件優先日前に明らかにされていたPAM配列に関する知見を当業者にとっての周知技術又は技術常識として考慮することは妨げられないというべきである」と明言している(同38–39頁参照)。

 

PAM配列:一般従事者にさえ普遍的に知られている

 

Cas9がDNAのどこを切断できるかを指示する分子的「郵便番号」であるPAM配列を覚えているだろうか?ToolGenは、2012年当時、このPAMが真核細胞でどのように機能するかについて当業者が理解できたとはいえず、それは発明の実施可能性を左右する重要な未解決パズルだったと主張した。

 

しかし、裁判所はこれに反論し、PAM配列に関して極めて精緻で技術的な分析を展開した。裁判官たちはまず、「PAM配列に関しては、[UC] が挙げる文献(乙15、19、25)を含め、本件優先日時点で多くの文献によって言及されていた」と述べ、UCの第1出願以前の主要な科学文献を具体的に挙げながら、当時この分野における知見が確立していたことを認定した(決定36頁)。

 

この判断は単なる一般論ではなかった。裁判所は、発明の開示内容と技術常識の関係を精査するにあたり、複数の先行論文を精読したうえで、PAMの役割が広く知られていたことを確認した。たとえば、Michael Terns らによる論文(B25)や、F.J.M. Mojica の研究(B20)は、いずれもCas9による標的DNAの切断にPAMが必須であることを示していた(決定27頁、29頁)。

 

また、Kira S. Makarova による影響力のある論文(B16)は、「II型システムでは、CrRNAと結合したCas9は、侵入DNAをおそらく直接に標的とし、その過程にはPAMが必要である」と明記している(決定25頁)。さらに裁判所は、PAM配列に変異を加えることでCas9の切断が回避されるというデータにも注目した。これは、PAMがCRISPRシステムの不可欠な要素であることを示す間接的証拠である。

 

たとえば、Philippe Horvath の研究(B19)は、「ファージはまた、CRISPRモチーフ[PAM]を変異させることによってCRISPR/Casシステムを回避することができ、このことは、CRISPRモチーフがCRISPRによってコードされる免疫に関与することを示す」と述べている(決定25–26頁)。同様の知見は、Devaki Bhaya(B15)、Rimantas Sapranauskas(B21)、Hélène Deveau(B22)など複数の研究からも示されており、いずれもPAM配列が機能に不可欠であることを裏付けている(決定24–27頁)。

 

つまり、2012年の時点でPAM配列の重要性は謎ではなく、確立された科学的知見だった。そしてさらに重要なのは、裁判所がToolGenの主張した当業者像――「分子生物学分野の一般的研究者や学生等」――を前提としながらも、PAMに関する知識はそのような一般的従事者にもアクセス可能な周知技術または技術常識であったと認定した点である。「一般的な研究者、学生等であっても、当該システムに関し既に公表され、一定期間を経過した文献を通じて得られる程度の知識は、通常の知識として有しているものと考えられる」(決定38頁)。

 

UCにとってさらに有利だったのは、裁判所がPAMに関する暗黙の証拠が第1出願に含まれていたと判断した点だ。UCはPAMの存在や機能について明示的な記述をしていなかったが、裁判所は実験データ(図3Cおよび5B)に示された標的DNA配列が、PAMとして広く知られた「NGG」配列を含んでいたことを確認した。この点について裁判所は、それが「文献の知見と一致する」構造であったと述べている(決定36–37頁)。

 

加えて、UCはこれらの標的配列が「真核生物のDNA配列とより相同性があった」とする証拠を提出しており、これによって当業者が真核細胞においても原核細胞と同様にPAMが機能すると理解することに何ら疑いが生じなかったことが示唆された(決定12–13頁)。このような判断は、UCの主張する「真核細胞でもCRISPRが機能すると当業者が予測し得た」という立場に追加的な信頼性を与えるものであった。

 

NLSとコドン最適化:よく知られていて不必要

 

ToolGenは、技術的な障壁として他にも2つの論点を提示した。一つは、Cas9タンパク質を細胞核に届けるための核局在化シグナル(NLS)に関する問題、もう一つは、異なる細胞種の「遺伝的方言」に対応するためのコドン最適化の必要性だった。ToolGenは、これらの技術が当時の当業者には手の届かないものだったと主張したが、裁判所はこれらがいずれも分子生物学者にとって日常的に使用されていた周知の技術であったと結論づけた。

 

NLSについて裁判所はまず、NLS技術が周知であったことを裏付ける多数の先行技術文献に言及した。Yannick Doyon(B36)、Claudio Mussolino(B69)、Leaf Huang(B72)、Edward J. Rebar(B77)、Tomas Cermak(B78)らによる研究は、いずれも1999年から2011年までの時点で、NLSの使用が広く知られていたことを示していた(決定30頁)。これらの文献に基づき、裁判所は「染色体が存在する核内へ輸送するために、タンパク質に1つ以上の核局在化シグナル(NLS)を付加する技術は、周知慣用技術であったことが認められる」と明確に述べている(同30–31頁)。

 

さらに、裁判所は一歩進めて、NLSが必須の技術であったかどうかという点についても検討した。UCは、「核酸を細胞に導入するための周知の技術(マイクロインジェクション、エレクトロポレーション等)によって、RNAとして細胞に導入され得る」ことを示す証拠を提出していた(同31頁)。加えて、ToolGen自身も「NLSを有さず、…Cas9による標的DNAの切断(ゲノム編集)が可能であったことが認められる」とする優先日後の文献を認めており、裁判所はこの点を踏まえて「CRISPR/Cas9システムに必須の技術であったとはいい難い」と結論した(同39頁)。

 

コドン最適化についても、裁判所は同様に先行技術の厚みを確認した。たとえば、S.B. Primrose の教科書(B75)、Claes Gustafsson のレビュー論文(B79)、Stacey S. Patterson(B80)、Huirong Gao(B82)、Vipula K. Shukla(B84)、Alan Villalobos(B180)らによる研究は、いずれも異なる細胞種において遺伝子を効率的に発現させるためのコドン最適化手法がすでに広く知られていたことを示していた(決定31–32頁)。

 

これらの証拠に基づき、裁判所は「外来遺伝子を宿主細胞内で効率よく発現させるために、宿主細胞に応じてコドンを最適化する技術が利用されていたことが認められるから、コドン最適化についても周知慣用技術であったというべきである」と判断した(同32頁、39頁)。また、裁判所はコドン最適化が実験効率を高めるためにしばしば利用されることを認めたうえで、「コドン最適化は、必須の技術ではなかった」とする先行技術の記載に信頼を置いた(同39頁)。

 

UCの元の出願:最初に見えたよりも完全

 

裁判所が下した最も重要な判断の一つは、UCの第1出願に含まれていた内容がToolGenの評価よりもはるかに豊かで具体的だったという点だった。とりわけ、裁判所は「CRISPR/Cas9システムを真核細胞内の標的DNAに適用するという技術的思想が開示され、本件優先日当時の周知技術と組み合わせれば実施することが可能な程度に本件発明の具体的な説明が記載されていたものと認めるのが相当である」と明示的に認定した(同36頁)。

 

つまり、UCは単に細菌向けの遺伝子編集システムを記載しただけではなく、真核生物に応用可能な普遍的遺伝子編集の核心的アイデアを明確に提示していたことになる。このため、裁判所は「実施例」が欠如していたことを理由に優先権を否定すべきとのToolGenの主張を退けた。むしろ、UCの開示は「既知の先行技術と組み合わせて発明を可能にするのに十分具体的であった」と評価され、「具体的な記載がされていたと認められる以上、実施例の記載がなくても、なお、本件発明について本件優先日を出願日とする優先権の主張を認めることは妨げられないというべきである」との結論に至った(同41頁)。

 

ToolGenは、発明者が2012年5月以前に真核生物での実験に失敗したことを示すメールのやり取りを証拠として提出し、第1出願の開示が不十分だったことの証左だと主張した。だが裁判所は、これらの証拠に説得力がないと判断した。というのも、本質的に優先権に関する法的判断は発明者自身の成功・失敗に依拠するのではなく、当業者のスキルと知識を基準に行うべきだからである。

 

この点について裁判所は次のように認定した、

 

「本件優先日時点で本件発明者らが実験に成功していなかったというだけで、第1出願書類における本件発明の開示が不十分になるわけではない。第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができると認められるのであれば、開示としては十分である。そもそも、生命科学の実験において、実験条件を変えながら最適な条件を見つけることは通常の試行錯誤の過程であると考えられる。[ToolGen]が指摘する[発明者ら]メールの内容等は、いずれも通常の試行錯誤の過程における仮想的な可能性や懸念について意見交換等しているものにすぎず、それだけでは、当業者において、過度の試行錯誤を要するような障壁があったことを認めることは困難である。」

 

(同40頁)。

 

現実界の検証:出版後の迅速な成功

 

UCの主張にとって最も説得力を持った証拠の一つは、発明者らが研究成果を発表した直後に生じた一連の出来事だった。その直後、多くの他の研究グループが、CRISPR-Cas9による真核細胞での遺伝子編集に成功したのだ。これに注目した裁判所は、これらの成果が2012年6月に発表されたUCのScience論文に基づいて達成された点を指摘した。この論文は、当時まだ公開されていなかった第1出願よりも情報量が少なかったにもかかわらず、複数のチームがそれをもとに真核細胞での実験を成功させたという事実が重視された。

 

この点に関して、裁判所は以下のように明言している:

 

「本件発明者らが第1優先基礎出願に係るCRISPR/Cas9システムを刊行物(Z12・2012年6月28日)に発表した後、2012年10月から2013年1月までの短期間に、多くの研究者により、CRISPR/Cas9システムを真核細胞に適用しゲノム編集ができたことが報告されたことが認められる(前記2-4参照)。このことは、当業者において、第1出願書類の記載に基づき、過度の試行錯誤を要するまでもなく、本件発明を実施することができたことを示すものである。」

 

(同頁)。

 

この裁判所の見解は、ToolGenが主張するように当該発明の実施が困難で不確実であったのであれば、なぜ複数の独立した研究グループがこれほど短期間にそれを成功させたのかという疑問を突きつける。UCが記載したシステムが、単に細菌でしか使えないものだったのであれば、これらの成功は起こりえなかっただろう。

 

実際には、UCの研究者たちは、既存の遺伝子編集技術であるZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)やTALEN(転写活性化因子エフェクターヌクレアーゼ)と同様に、真核細胞で使える新たなツールとしてCRISPR-Cas9を位置づけていた。裁判所もこの点を強調し、既存技術が「配列非特異的DNAエンドヌクレアーゼドメインが操作されたDNA結合ドメインに融合されることでキメラエンドヌクレアーゼ酵素の構築されること」によって時間のかかる工程を伴っていたことを説明した(同23頁)。

 

また、裁判所はUCの第1出願が特定の生物種や細胞タイプに限定されていなかったことも明示的に指摘した。UCの出願は、ZFNやTALENといった従来技術に代わる方法として、次のような利点を強調していた:

 

「細胞及び生物全体の遺伝子操作のため特定のDNA配列を標的とするように設計・操作されたヌクレアーゼを用いる方法である従来技術 [ZFN、TALEN等] に代えて、各新規な標的配列ごとに新規なタンパク質(ヌクレアーゼ)の設計を要することなく、標的DNAへのヌクレアーゼ活性の正確な標的化を可能にするという課題を解決する技術を提供するものである」。

 

(同33頁)。

 

このように、UCの第1出願は当初から真核細胞への応用可能性を念頭に置いた普遍的な技術として構成されており、研究者コミュニティもそれをそう理解し、短期間で成果を出したことが、裁判所にとって決定的な証拠となった。

 

要点:体系的勝利

 

裁判所は、UCの第1出願に記載された発明が当時の技術常識と組み合わされることで真核生物にも実施可能であったと確信し、その結果、この発明は原核生物と真核生物の両方におけるZFNやTALENの代替としての使用という、発明の全体的な目的に関して優先権を認められるべきであると結論づけた。これは裁判所が次のように述べているとおりである:「本件発明は、第1出願書類全体の記載及び出願時の技術常識に基づき、実質的にみれば開示され 。。。第1優先基礎出願に基づく優先権主張の利益を享受することができるものと認められる」(同41頁)

 

この判断は、わずかな証拠の差に基づくような結論ではなかった。ToolGenが主張したような制限的な当業者の定義を採用したにもかかわらず、裁判所は、発明の実施に必要とされるすべての技術的知識が当時の当業者にとってアクセス可能であったと系統的に認定した。そのうちの多くの知識は、そもそも必須ですらなかった。さらに、複数の独立した研究グループによる迅速な成功が、実施可能性を示す客観的かつ説得力のある証拠として位置づけられた。

 

このように、本決定は単なる事案の解決にとどまらず、日本特許法における重要な法的明確化でもあった。特に、特許で請求された特定の応用に向けた詳細な技術的実施例の有無が、発明の開示の十分性にどのように影響するかという点について、下級審に対する明確な指針を示したものといえる。この判断は、根本的な科学的洞察が先行するブレークスルー技術に対して、特許制度がどのように対応すべきかを考えるうえで重要な先例となる。

 

結論

 

日本におけるUCの勝訴は確かに重要である。しかし、それはCRISPRをめぐる遥かに広範な国際的特許紛争における、ひとつの戦いにすぎない。CRISPR関連の特許情勢はいまだ各国で断片化されており、複数の機関が技術の異なる側面について重複する権利を主張している。その結果、CRISPRを利用した治療法の開発を目指すバイオテクノロジー企業は、複雑に絡み合ったライセンス義務の迷路に直面することになる。

 

そこには一種の世代的な皮肉も存在する。特許弁護士たちが2012年当時に誰が何を発明したのかをめぐって争いを続けている一方で、若い世代の科学者たちは、こうした係争の存在すら知らずに、CRISPRを日々の研究における当たり前のツールとして扱いながら成長している。これは、現代のコンピュータ・プログラマーが、インターネットを誰が発明したかについて争うことを想像しがたいのと似ている。

 

それでもなお、日本の知的財産高等裁判所の今回の決定は、ブレークスルー・バイオテクノロジーの特許、特に根本的な洞察が詳細な技術応用に先行しうる発明について、裁判所がどのように分析すべきかについての重要な指針を提供した。裁判所は、パリ条約に基づく優先権制度を丁寧に適用し、UCの元の出願が既存の技術常識と組み合わされることで真核生物への応用を可能にしていたと認定することにより、実施可能性の評価基準を明確にしたのである。

 

この判決は、たとえ発明者が当初すべての工学的課題を解決していなかったとしても、その中核となる洞察が明快であり、残された工程が当業者にとって自明であるならば、発明者が依然として広範な特許保護を受ける資格を有しうることを示している。そして、この日本の判断は、今後も続くであろうCRISPR特許戦争において、先駆的な発見をどのように報奨しつつ、それが科学界に十分かつ適切に開示されることを確保するかーーこの2つの要請の間で裁判所がどのようなバランスを取るべきかについて、ひとつのロードマップを提示するものとなっている。

 
 
 

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